これまでの歩み

那覇地区中体連は1959年1月19日、沖縄県中学校体育連盟の結成にともない、そのさきがけ団体として約一ヶ月前の1958年(昭和33年)12月20日当初沖縄中体連那覇支部と言う名称で産声を上げました。

結成の理由として

①     中学校の体育を学校教育の一環として発展させるため組織を通して自主的に運営し、他団体や関係機関の協力を得て学校体育の健全な振興をはかる

② 競技力の向上と体育指導者の、資質の向上相互の連絡融和をはかる。

ことがあげられております。


沖縄の子供たちに九州大会や全国大会に出場する機会を与え、高校を経てやがて日本のスポーツ界に羽ばたく大きな夢を持たせたいという結成当時の諸先輩方、その趣旨を引継ぎここまで発展させた方々のご尽力に深く感銘し衷心から感謝申し上げたいと思います。

40年の歩みと経過の報告

当初は、地区教職員会体育部とPTA連合会が中心となり、初代会長 親富祖永吉先生、理事長 玉城幸男先生、PTA連合から山里宗先生、佐竹道守先生が現在の事務局長としてスタートしました。

1960年(昭和35年)に県中体連が九州、全国中体連に加盟し本格的な活動が始まりました。結成から数年間は、中体連の組織作りや予算の捻出や、それまで他団体により開催されていた各競技大会を中体連主催の運営にしていく等、数々のご苦労があった基盤整備の時期でありました。

1964年(昭和39年)

水泳で与儀達明選手(上山中)沖縄中体連初の日本一に輝きました。ちょうど東京オリンピックの時期で県民に大きな夢を与えました。


1966年(昭和41年)

それまで各種目バラバラに行われていた夏季大会・秋季陸上・新人大会の期間を設定して実施するようになりました。

1973年(昭和48年)

県中体連の地区統合により,久米島地区4校が那覇地区に加盟されました。

1975年(昭和50年)

夏季大会と秋季陸上競技大会が平日開催として位置づけられ、全生徒・先生方が応援に参加することによりみんなの中体連として幅広くその活動が評価されるようになりました。

1981年(昭和56年)

全国中学校ハンドボール大会で神森中が全国制覇したのを機会にその翌年、浦添市において派遣費の全額公費補助が実現し、父母や子供達に大きな励みとなっています。

1985年(昭和60年)

それまで久米島より熱望されていた地区大会の久米島開催を駅伝大会を充てることで実現。島を上げての歓迎で大好評にて終了し、その後平成2年から3年に1度久米島で開催されることになりました。

1991年(平成3年)

全国中学校ハンドボ-ル大会において浦添中女子が優勝し、現在のハンドボール王国浦添の名を全国にとどろかすようになりました。

1996年(平成8年)

地区駅伝大会、県駅伝大会とも久米島(仲里村発着)で開催されました。

1997年(平成9年)

地区駅伝のコースが道路諸事情の悪化により漫湖公園周回コースに変更されました。同年、全国中学校ハンドボ-ル大会において神森中男子が優勝、浦西中、3位、女子仲西3位とハンドボール王国浦添旋風を巻き起こしました。

1999年(平成11年)

全国中学校空手道大会において鏡原中男子が団体形順優勝

2002年(平成13年)

全国中学校ハンドボール大会において浦西中男子が優勝

以上のように本地区中体連の活動はますます発展・充実してまいりましたが、その根幹をなすものは学校現場における部活動の顧問の先生方の血と汗にまみれた御努力と、関係機関の方々のご支援の賜物と深く感謝を申し上げます。今後とも、皆様方のなお一層の本地区中体連に対するご支援・ご協力をお願い申し上げます。